正気を取り戻せ――ジョセフ・ヒース著『啓蒙思想2.0』を読んで


ジョセフ・ヒース著『啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために』( 栗原 百代訳、NTT出版、2014年)を読みました。もっと早く読めば良かった、出版からほぼ10年たって読むなんてと、悔やみました。

 

この本のテーマは簡単に言うと、「理性」です。

本文だけで411ページもある本書をうまく説明できないので、代わりにジョセフ・ヒースの次の言葉を引用しましょう。

 

「正気を取り戻す、政治に理性を復活させるという考えに真剣に取り組むと仮定しよう。人間を――教養あるエリートだけでなく大衆をも――無知と迷信から解き放つという啓蒙思想の重要課題を推進させたいのだと、いま一度「理性」が主で「感情」が従の秩序を回復したいと望んでいるのだと仮定しよう。さて、どうやってそれに取り組むのか。最初の啓蒙思想プロジェクトは行き詰ってしまったようだ。どうしたら、再開できるだろう?」(27ページ)

 

私は、第2部、第3部で述べられた「最初の啓蒙思想プロジェクトがなぜついえたのかを、また現在の社会・メディア環境では個人生活でも公共圏でも理性の声がなぜ聞こえにくくなっているのか」(29ページ)を理解できたことが衝撃でした。やっぱり、啓蒙思想をは終わっていたんだ……と。

 

確かに、「行き詰って」いる時代の状況への直観はありました(哲学を勉強していて良かった)。

弊社を立ち上げた2018年当時、「なぜ、博士論文を出版したくても出版できない研究者が大勢いるのか」。「研究が誰に知られることもなくその人がいなくなったら、せっかくの成果が消えてなくなるような状況があっていいのか」と憤りを感じていました。編集者として何とかできないかとの思いから、経営理念は、「博士論文(人文学)の出版をとおして、学問成果の埋没を防ぐ」としました。

 

本書のエピローグでジョセフ・ヒースは、

 

「引き返せない衰退期にあって、知識人に耳を傾ける気のない文明に対する知識人の責任とは何なのか。」(411ページ)

 

と問いかけています。そして、次の文章で締めくくっています。

 

「運がよければ、もっといいやり方が見つかるだろう。少なくとも私たち啓蒙思想の友は、戦術を変えてもう一度、努力してみなければならない。」(411ページ)

 

本書は、SNSやネットからいつの間にか離れられなくなってしまい“私の理性”が弱まっているんだと自覚させてくれました。はるかギリシャ時代まで見渡しつつ、今の“私”の立ち位置を示してくれました。

啓蒙思想2.0は起動したのでしょうか? ヒースもことわっているとおり、「理性の衰退についての本を書くのは、理性の衰退をくい止める類のことではない」(403ページ)。

訳者あとがきに、「国際的ベストセラーを発表し続けているヒース」(464ページ)とありますので、「啓蒙思想の友」が世界中にいることは、救いですけれども。

絶望ではなく、戦術を変えて私だって何度でも努力したい。運が良ければ、啓蒙思想2.0を見て死ねる、そういう希望がもてる本でした。

 

2025年11月6日

文責:高村京夏